1.はじめに
「パラメータ特許のサポート要件に関連した裁判例」の第2回目として、『平成18年(行ケ)第10132号 「審決取消請求事件」※1』を取り上げます。
※1
平成18年(行ケ)第10132号審決取消請求事件 全文
2.本件特許の内容
(2.1)「特許請求の範囲の記載」
【請求項1】
(A)合成樹脂100重量部に対し,
(B)下記(i)~(iv)により定義付けられたハイドロタルサイト粒子0.001~10重量部を配合した耐熱劣化性を有する合成樹脂組成物。
(i)ハイドロタルサイト粒子は下記化学構造式(1)で表される。
{(Mg) (Zn) } (Al) (OH) (A ) ・mH O y z 1-x xx/n 2 2 (1)
但し,式中,A は,n価のアニオンを示し,x,y,zおよびmは下記条件を満足する値を示す。
0.1≦x≦0.5, y+z=1, 0.5≦y≦1
0≦z≦0.5, 0≦m<1
(ii)ハイドロタルサイト粒子は,レーザー回折散乱法により測定された平均2次粒子径が2μm以下であり,
(iii)ハイドロタルサイト粒子は,BET法により測定された比表面積が1~30m /gであり,かつ
(iv)ハイドロタルサイト粒子は,鉄化合物およびマンガン化合物を合計で金属(Fe+Mn)に換算して,0.02重量%以下含有している。
(2.2)「明細書の記載」
上記図1のように記載されていました。
(2.3)「特許請求の範囲の記載」と「明細書の記載」の説明
本件では、(2.1)に示す請求項1における『(iv)ハイドロタルサイト粒子は,鉄化合物およびマンガン化合物を合計で金属(Fe+Mn)に換算して,0.02重量%以下含有している。』の部分の臨界的意義について、サポート要件を満たしているか否かが問題になっています。
そして、明細書には、上記図1に示すように、金属(Fe+Mn)含有量とMFRとの関係、および金属(Fe+Mn)の含有量とノッチ付IZODとの関係を示す実験データが記載されています。なおMFRは、値が小さいほど耐熱劣化性が良好であることを示す指標です。またノッチ付IZODは、値が大きいほど耐熱劣化性が良好であることを示す指標です。
図1に示すように、(Fe+Mn)含有量が「0.0275」から「0.0076」に小さくなるにつれて、MFRが小さくなるとともにノッチ付IZODが大きくなり、耐熱劣化性が良好になることがわかります。
しかし図1では、(Fe+Mn)含有量が「0.023」,「0.0076」,「0.0275」,「0.0383」,「0.0511」,「0.0581」であるときのMFRとノッチ付IZODの値が記載されていますが(図1の●と▲を参照)、(Fe+Mn)含有量が「0.02」近傍のときのMFRとノッチ付IZODの値が記載されていません(図1の×を参照)。
3.裁判所の判断(抜粋)
したがって,「図A」に記載された各点からは,(Fe+Mn)含有量の低減により耐熱劣化性が連続的に向上する傾向にあることは理解できるが,(Fe+Mn)含有量だけを指標とした場合に,耐熱劣化性の指標が「図A」の曲線に沿って変化すると断定することは困難である。特に,実施例2の0.0076重量%と比較例1の0.0275重量%の間に測定値が示されていないから,その間でどのような変化を呈するかは推測の域を出ないものである。そうすると,(Fe+Mn)含有量がほぼ0.02重量%の点を急勾配のほぼ中間値として急激に変化しているということはできず,本願発明の0.02重量%という値の内外で生じる耐熱劣化性に係る効果について予測できない程の顕著な差があるとは認められないから,この数値限定に臨界的意義があるということはできない。
4.考察
パラメータ特許において進歩性を満たすには一般的に臨界的意義が必要です。すなわち本件では、0.02重量%の(Fe+Mn)含有量を境にして、耐熱劣化性に顕著な差があることを示す必要があると考えます。しかし、図1に示す実験データでは、0.0076重量%を境に顕著な差があるとの解釈が可能ですし、0.0275重量%を境に顕著な差があると解釈することも可能です。
パラメータ特許の臨界的意義をサポートするためには、臨界点(本件では0.02重量%)および臨界点前後の実験データが必要であると考えます。
弁理士 宮本昭一