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進歩性について (7) 最近の裁判例(平成21年(行ケ)第10265号)

1.はじめに
 進歩性に関する最近の裁判例として、平成21年(行ケ)第10265号審決取消請求事件を紹介します。
 本件は、無効審判の請求認容審決(特許を無効とする審決)が取り消された事例です。

2.本件発明の内容(下線は訂正箇所)
 N,Sの磁極を交互に複数個有する界磁マグネットを固定子として備え,偏心且つ振動して回転するように複数のコアレス電機子コイルを回転中心を基準に片寄らせて配置することで平面において円板状を形成しないように変形形成したコアレス偏平電機子を上記界磁マグネットと軸方向の空隙を介して面対向し且つ回動自在に支持してあり,各電機子コイルは環状を成しており,複数個の電機子コイルの少なくとも1個の電機子コイルの環の内側に錘が入れられている振動型軸方向空隙型電動機。

3.審決の内容(摘記
(1) 引用発明の内容
ア 甲1発明の内容
 界磁コイルを固定子に備え,重量的に不平衡を生ぜしめるとともに回転数に比例した周波数の振動を生ずるように回転子鉄心に複数の回転子巻線を回転中心を基準に片寄らせて配置することで回転軸方向から平面視した際に略扇形となるように切り欠ぎ部を形成した鉄心を有する偏平の回転子を上記界磁コイルと径方向の空隙を介して面対向し且つ軸受に支承された回転軸に固着してあり,各回転子巻線は回転子鉄心の切り欠ぎ部以外の部分に配置されており,切り欠ぎ部と対称の位置に不平衡荷重効果を増大させるための部材が取り付けられている,振動発生用径方向空隙型電動機。

イ 甲3発明の内容
 界磁マグネットを固定子として備え,環状をなしている無鉄心電機子巻線を配置した無鉄心偏平電機子を,円環状の界磁磁極と軸方向の空隙を介して面対向させた軸方向空隙型電動機。

(2) 本件発明と甲1発明との相違点(当事者間に争いのある相違点5)
 変形形成した偏平電機子の中心から離れた位置に錘が取り付けられている構成に関し,本件発明では「複数個の電機子コイルの少なくとも1個の電機子コイルの環の内側に」錘が「入れ」られているのに対し,甲1発明では「切り欠ぎ部と対称の位置に」錘が「取り付け」られている点。

(3) 相違点に対する容易想到性の判断の要点
 一般に,電動機の界磁発生部材として,『界磁マグネット』と『界磁コイル』の2つのタイプが存在すること,電動機の電機子コイルとして,『コアレス』型と『コア(有鉄心)』型の2つのタイプが存在すること,さらに,電動機の空隙のタイプに,軸方向空隙型と径方向空隙型の2つのタイプが存在することは,電動機の技術分野において技術常識といえるところであり,これら電動機を構成する要素の各タイプのうちの何れを採用するかは,当業者が必要に応じて適宜選択し得る事項にすぎない。
 甲1発明において,電動機を構成する要素のタイプとして,甲3発明の構成のものに改変することに伴い,錘を取り付ける位置は必然的に電機子コイルの近傍となるから,当該電機子コイルの近傍から具体的な位置を選択することは,当業者が適宜行う任意選択事項と認められ,電動機の形状を大きくすることなく配置することのできる位置として,コイル環の内側の空間を利用することは当業者の通常の創作能力のもとに為し得ることといえる。

4.裁判所の判断(摘記)
 刊行物1の第4図によれば,切り欠ぎ部と対称の位置にあり電機子の軸方向における両側面に他の部材7(錘)を取り付けることが開示されているのみであり,環状のコアレス電機子コイルの内側に錘を入れることについては記載も示唆もないし,コイルの内側に錘を配置することが本件発明を含む軸方向空隙型電動機の技術分野で周知の技術的事項であると認めるに足りる証拠はない。また,径方向空隙型電動機である甲1発明から軸方向空隙型電動機である本件発明を想到するに当たって,甲1発明において径方向空隙型を軸方向空隙型に変更したことに伴い,甲1発明における錘の配置位置を軸方向から径方向に変更した場合は,電機子の軸方向の側面に代えて電機子の径方向の側面に錘を配置することとなり,これは電機子の外周に錘を設けることとなるから,当業者において電機子コイルの環の内側に錘を入れることを想到させるものではない。
 さらに,前記刊行物2の記載によれば,軸方向空隙型電動機である甲3発明において,その電機子に対して厚みのある部材を付加することは排除されるべき技術的事項であって,たとえ甲1発明に不平衡荷重効果を増大させるための部材を取り付けることが開示されているとしても,不平衡荷重効果を増大させるような部材は,一般に密度が高く所定の厚みを有するものであるし,また,電機子巻線の近傍にこのような部材を配置することは,従来行われてきた加圧成形等の妨げにもなり得る。したがって,甲1発明の電動機の各構成要素を,軸方向空隙型電動機である甲3発明の構成のものに改変したものにおいて,電機子に錘となる部材を取り付けることを想到することは困難であるというべきである。

5.考察
 本事案では、「電機子コイルの環の内側に錘が入れられている構成」について、当業者が適宜行う任意選択事項(いわゆる「設計的事項」)であるとの特許庁の判断が、次の(a)~(d)の理由により誤りとされました。
 (a)刊行物1には上記構成についての記載も示唆もないこと。
 (b)上記構成が周知技術でないこと。
 (c)甲1発明において径方向空隙型を軸方向空隙型に変更したとしても、電機子の外周に錘を設けることになり、電機子コイルの環の内側に錘を入れる構成にはならないこと。
 (d)軸方向空隙型電動機である甲3発明において,その電機子に対して厚みのある部材を付加することは排除されるべき技術的事項であること。

 上記(c)のように出願時の当業者であればどのようにするかを考慮した思考は、審査・審判等の実務において事後分析(後知恵)的思考を排除する上で有効です。
 加えて、上記(d)のように阻害要因について検討することも有効です。


弁理士 竹中謙史

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