2009年4月9日
[ 国内知財情報 ]
ソフトウエア特許について知財高裁が第一審の判断を取り消し認容判決(知財高裁平成21年2月18日(平成20年(ネ)第10065号))
1 はじめに
特許侵害訴訟における裁判所の判断は、権利者に厳しい傾向にあるといわれてきました。しかしながら、最近では権利者に有利な判断が出される場合も増えてきているといわれています。
ここで紹介する知財高裁の裁判例も、ソフトウエア特許の侵害事件について、原告の請求を棄却した第一審判決を取り消し、特許権利者の請求を認容するとの判断をしました(裁判長は飯村敏明判事)。
知財高裁が特許侵害事件において第一審の棄却判決を取り消して侵害を認容する例は、平成19年には一件もなかったとされており、いよいよ特許権利者にも裁判所による救済の途が開かれるのではないかとの期待がもたれます。
2 概要
事案の詳細は下記HP(※1,※2)から参照していただくとして、ここでは争点と判断のポイントだけに絞って検討します。
本件では、特許請求の範囲の文言「接続信号中の応答メッセージ」の解釈が問題になり、第一審では可聴音に限られると判断しまして、侵害はないと結論付けました。しかしながら、控訴審(知財高裁)では可聴音に限られるものでないと判断して、侵害を認めました。
ほとんど同じ事実と証拠を前提にしていながら、なぜ第一審と控訴審で判断が違ったのでしょうか?
3 第一審判決(東京地裁平成20年7月24日※1)
第一審判決はこれまで多くの裁判例がしてきた論理の流れで権利範囲を限定的に解釈しています。
<第一審判決>
■争点
特許請求の範囲の語句「X」にAは含まれるか?
■判断の流れ
(1)特許請求の範囲の記載を検討する
(2)「X」の一般的意味は多義的(広辞苑など)である
(3)発明の詳細な説明を参酌する
(4)実施例では「X」はBの意味として使用している
(5)「X」につきB以外の意味と解する記載はない
よって、「X」はAを含まない(非侵害の結論)
■判断のポイント
語句の相互関係をあまり考慮せず、「X」(応答メッセージ)という一つの語を単独に解釈して実施例の意味に限定しています。
4 控訴審判決(知財高裁平成21年2月18日※2)
控訴審は語句間の関連性を重視して実施例はあくまで例示であるとしました。
<控訴審判決>
■争点
特許請求の範囲の文言「X」にAは含まれるか?
■判断の流れ
(1)特許請求の範囲に「X」の具体的な内容について格別の記載はない
(2)発明の詳細な説明を参酌する
(3)明細書の記載と一般的意味(広辞苑から)を併せて解釈する
(4)ところで「X’」はAも含むとする記載がある
(5)特許請求の範囲から「X」は「X’」を前提とする
(6)実施例では「X」はBの意味だが例示にすぎない
(7)「X」につきBに限定する記載はない
よって、「X」はAも含む(侵害の結論)
■判断のポイント
特許請求の範囲には「接続信号中の応答メッセージ」と記載されていました。この語句の関連性を重視して、「X」(応答メッセージ)の意味については、「X’」(接続信号)の意味が前提となるとした点が、第一審との違いとなっています。
5 考察
この知財高裁判決は、特許請求の範囲に記載される語句が、多義的であったり不明確だったりした場合、実施例に記載された意味の範囲に限定されるという従来の流れに、例外的場合があることを認めたものであり、ソフトウエア特許の権利行使を検討する上で意義があると考えられます。
この裁判例の論理の流れと前提となる要件については注意深く検討して、今後権利行使をするにあたっては十分に生かす必要があります。
ただ、この知財高裁裁判例を前提にして実際に特許権の侵害の有無を判断することが容易であるというわけではありません。
それは、例えば、判断にあたっては、「極性反転信号」の記載についての技術的意味、出願当時の技術水準を判断する上でISDN技術がどのように関連するのか、といった技術的専門的観点から総合的に検討を加えることが不可欠となるからです。
また当然ながら自由心証主義が支配する裁判所の判断では、妥当な結論が最重視されることから、表面的な論理構成だけに囚われるのも危険です。
6 今後に向けて
いずれにしてもこの知財高裁の裁判例をきっかけに、今後は地裁でも、ソフトウエア特許について権利者の請求を認める場合が増えることが期待されます。
当法人ではこのような最新の裁判例を研究し、これまで難しいとされていた特許の権利行使について全面的にサポートします。例えば、最新の裁判例を前提に特許侵害の有無について簡易な鑑定をさせていただくことも可能です。お気軽にお問い合わせください。
※1
平成19年(ワ)第32525号特許権侵害差止請求事件 全文
※2
平成20年(ネ)第10065号特許権侵害差止請求控訴事件 全文
弁護士・弁理士 水野健司