1.はじめに
特許請求の範囲の記載は、明細書の「発明の詳細な説明」に記載されたものである必要があります(特許法36条6項1号)。この要件は、「サポート要件」といわれています。
特許請求の範囲に数値が記載されているいわゆるパラメータ特許においても、「サポート要件」を満たすために、その数値で特許請求の範囲を規定した根拠を、明細書に記載する必要があります。
パラメータ特許では、「サポート要件」を満たすために実験データを記載することが一般的ですが、実験データをどの程度記載すれば、「サポート要件」を満たすのか明確ではありません。
しかし、パラメータ特許について「サポート要件」を判断した裁判例を調べることによって、「サポート要件」の判断基準について知見が得られると考えます。
そこで、パラメータ特許の「サポート要件」に関連した裁判例を、数回にわたって紹介します。
第1回目は、『平成17年(行ケ)第10042号 「特許取消決定取消請求事件」※1』を取り上げます。
※1
平成17年(行ケ)第10042号特許取消決定取消請求事件 全文
2.本件特許の内容
(2.1)「特許請求の範囲の記載」
【請求項1】
ポリビニルアルコール系原反フィルムを一軸延伸して偏光フィルムを製造するに当たり,原反フィルムとして厚みが30~100μmであり,かつ,熱水中での完溶温度(X)と平衡膨潤度(Y)との関係が下式で示される範囲であるポリビニルアルコール系フィルムを用い,かつ染色処理工程で1.2~2倍に,さらにホウ素化合物処理工程で2~6倍にそれぞれ一軸延伸することを特徴とする偏光フィルムの製造法。
Y>-0.0667X+6.73 ・・・・(I)
X≧65 ・・・・(II)
但し,X:2cm×2cmのフィルム片の熱水中での完溶温度(℃)
Y:20℃の恒温水槽中に,10cm×10cmのフィルム片を15分間浸漬し膨潤させた後,105℃で2時間乾燥を行った時に下式浸漬後のフィルムの重量/乾燥後のフィルムの重量より算出される平衡膨潤度(重量分率)
(2.2)「明細書の記載」
上記図1のように記載されていました。
(2.3)「特許請求の範囲の記載」と「明細書の記載」の説明
特許請求の範囲では、(2.1)に示すように、完溶温度(X)と平衡膨潤度(Y)との関係を1次式で表すことにより、数値限定を行っています。
これに対し明細書では、(2.2)に示すように、1次式の範囲に含まれる実施例が2点、1次式の範囲に含まれない比較例が2点記載されているのみです。
3.裁判所の判断(抜粋)
第1図(その図示の内容自体は当事者間に争いがない。)に見るとおり,同XY平面において,上記二つの実施例と二つの比較例との間には,式(I)の基準式を表す上記斜めの実線以外にも,他の数式による直線又は曲線を描くことが可能であることは自明であるし,そもそも,同XY平面上,何らかの直線又は曲線を境界線として,所望の効果(性能)が得られるか否かが区別され得ること自体が立証できていないことも明らかであるから,上記四つの具体例のみをもって,上記斜めの実線が,所望の効果(性能)が得られる範囲を画する境界線であることを的確に裏付けているとは到底いうことができない。
(中略)従来のPVA系偏光フィルムが有する課題を解決し,上記所望の性能を有する偏光フィルムを製造し得ることが,上記四つの具体例により裏付けられていると認識することは,本件出願時の技術常識を参酌しても,不可能というべきであり,本件明細書の発明の詳細な説明におけるこのような記載だけでは,本件出願時の技術常識を参酌して,当該数式が示す範囲内であれば,所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に,具体例を開示して記載しているとはいえず,本件明細書の特許請求の範囲の本件請求項1の記載が,明細書のサポート要件に適合するということはできない。
4.考察
本件は、具体例が4点しかなく、この4点に基づいて様々な線を描くことが可能ですので、サポート要件に適合していないと考えられます。
裁判所は「当該数式が示す範囲内であれば,所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に,具体例を開示して記載しているとはいえず」との判断を示しており、明細書の内容から当業者が納得できる程度の数の実験データの記載が必要であると考えます。
しかし、どの程度の具体例があれば十分であるか判断を下すのは困難です。できる限り多くの具体例を明細書に記載しておく必要があるでしょう。
弁理士 宮本昭一