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パラメータ特許のサポート要件に関する裁判例(第9回)

1.はじめに
 「パラメータ特許のサポート要件に関連した裁判例」の第9回目として、『知財高裁平成19年(行ケ)第10307号 「審決取消請求事件」※1』を取り上げます。

※1 知財高裁平成19年(行ケ)第10307号 審決取消請求事件 全文

2.本件特許の内容(特許請求の範囲の記載)
 【請求項1】
 Cu0.1~2重量%、Ni0.002~1重量%、残部Snからなることを特徴とする無鉛はんだ合金。

3.本件特許の内容
 (3.1)明細書の記載
発明の開示
 本発明では、上記目的を達成するためのはんだ合金として、Cu0.1~2重量%、好ましくはCu0.3~0.7重量%に、Ni0.002~1重量%、残部Snの3元はんだを構成した。この成分中、Snは融点が約232℃であり、接合母材に対するヌレを得るために必須の金属である。ところが、Snのみでは鉛含有はんだのように比重の大きい鉛を含まないので、溶融時には軽くふわふわした状態になってしまい、噴流はんだ付けに適した流動性を得ることができない。又、結晶組織が柔らかく機械的強度が十分に得られない。従って、Cuを加えて合金自体を強化する
 ・・・・・(略)・・・・・。
本発明において重要な構成は、Snを主としてこれに少量のCuを加えるだけでなく、Niを0.002~1重量%添加したことであるNiSnとCuが反応してできるCu6Sn5あるいはCu3Snのような金属間化合物の発生を抑制する作用を行う。このような金属間化合物は融点が高く、合金溶融時に溶湯の中に存在して流動性を阻害し、はんだとしての性能を低下させる。・・・・・(略)・・・・・。そこで、Cuと全固溶の関係にあるNiを採用し、CuのSnに対する反応を抑制する作用を行しめるものである
 ・・・・・(略)・・・・・。
発明を実施するための最良の形態
 以下、本発明の組成を有するはんだ合金の物性を表に示す。サンプル組成は、発明者が本発明の無鉛はんだ合金の最適配分の1つであると考える、Cu0.6重量%、Ni0.1重量%、残部Snの合金を調整して用いた。
(溶融温度)液相温度約227℃、固相温度約227℃である。試験方法は示差熱分析器で昇温速度20℃/分で行った。
(比重)比重測定器によって約7.4を示した。
(室温25℃雰囲気における引張試験)・・・・・
(広がり試験)・・・・・
(ヌレ性試験)・・・・・
 ・・・・・(略)・・・・・。
 次に、別の組成についてそれぞれ融点および強度を測定した結果表1に示す
 ・・・・・(表1略)・・・・・。
 この実験例からも明らかなように、発明の範囲外である比較例と比べても、全てのサンプルが強度的に満足いくものである。
 ・・・・・(略)・・・・・。

(3.2)明細書の記載の説明
 明細書の「発明の開示」の欄では、はんだの流動性を向上させるためにCuを加え、さらに金属間化合物の発生を抑制するためにNiを加えた旨が記載されています。しかし、流動性が向上したこと、及び金属間化合物の発生を抑制されたことを示す具体例は記載されていません。
 また、明細書の「発明を実施するための最良の形態」の欄では、本発明の組成を有するはんだ合金の物性が記載されていますが、流動性が向上したこと、及び金属間化合物の発生が抑制されたことを示すためのものではありません。

4.裁判所の判断(抜粋)
(1) 特許法36条6項1号のいわゆるサポート要件について
ア(ア) 特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号が規定するいわゆるサポート要件に適合するものであるか否かについては,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,発明の詳細な説明の記載が,当業者において当該発明の課題が解決されるものと認識することができる程度のものであるか否か,又は,その程度の記載や示唆がなくても,特許出願時の技術常識に照らし,当業者において当該発明の課題が解決されるものと認識することができる程度のものであるか否かを検討して判断すべきものと解するのが相当である
 ・・・・・(略)・・・・・。
 ところで,本件発明1は,前記第2の2のとおり,本件組成を有する無鉛はんだ合金であって,「金属間化合物の発生を抑制し」との構成(以下「本件構成A」という。)及び「流動性が向上した」との構成(以下「本件構成B」という。)を含むものであるところ,一般に,合金に係る発明を,その組成に加え,その機能ないし性質を用いて特定する場合,当該発明は,その機能ないし性質を必要とする用途に用いられる合金であり,当該組成を有する当該合金が当該機能ないし性質を備えることにより,当該発明の課題が解決されるものと理解されるのであるから,上記ア(ア)において説示したところに照らせば,本件発明1に係る特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものであるか否かについて判断するに当たっては,本件「発明の詳細な説明」が,当業者において,無鉛はんだ合金が本件組成を有することにより,本件構成A及びBの機能ないし性質が得られるものと認識することができる程度に記載されたものであるか,又は,本件出願時の技術常識を参酌すれば,当業者において,そのように認識することができる程度に記載されたものであることを要すると解するのが相当である
ウ以上の観点から,以下,本件発明1に係る特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものであるか否かについて検討する。
 ・・・・・(略)・・・・・。
イ上記アにおいて検討したところによれば,本件「発明の詳細な説明」が,当業者において,無鉛はんだ合金が本件組成を有することにより,本件構成A及びBの機能ないし性質が得られるものと認識することができる程度に記載されたものでないことは明らかであり,かつ,本件出願(優先日)当時の技術常識を参酌しても,当業者において,そのように認識することができる程度に記載されたものでないことは明らかであるといわざるを得ない
したがって,本件発明1に係る特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものと認めることはできない

5.考察
 本件は、請求項1に記載の数値で規定された組成を有する場合に、「金属間化合物の発生を抑制し」との構成(本件構成A)及び「流動性が向上した」との構成(本件構成B)の機能ないし性質が得られると認識することができる程度に記載されていなかったために、サポート要件を満たしていないと判断されました。
 「○○○~△△△の数値範囲において****の機能を有する」との記載のみでは、出願当時の技術常識に基づいてその旨を当然認識できると確信できる場合を除き、サポート要件を満足することができないので、本発明のポイントが「○○○~△△△の数値範囲において****の機能を有する」ことである場合には、この記載をサポートする実験データを必ず記載しておく必要があると考えます。


弁理士 宮本昭一

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