2021年6月22日
[ 国内知財情報 ]
改正法情報 -権利の回復要件の緩和-
1.権利回復制度の回復要件の緩和
下記表1に示した手続きについて、期限徒過により権利喪失が生じた場合、その回復を認める権利回復制度が設けられています。
表1
特許法による手続き | 実用新案法による手続き |
- 外国語書面出願の翻訳文 - 特許出願等に基づく優先権主張 - パリ条約の例による優先権主張- 出願審査の請求 - 特許料の追納による特許権の回復 - 外国語でされた国際特許出願の翻訳文 - 在外者の特許管理人の特例 | - 実用新案登録出願等に基づく優先権主張 - パリ条約の例による優先権主張- 登録料の追納による実用新案権の回復 - 外国語でされた国際実用新案出願の翻訳文 - 在外者の特許管理人の特例 |
意匠法による手続き | 商標法による手続き |
- パリ条約の例による優先権主張 - 登録料の追納による意匠権の回復 | - 商標権の回復 - 後期分割登録料等の追納による商標権の回復 - 防護標章登録に基づく権利の存続期間の更新登録 - 書換登録の申請 |
今般の特許法等の一部を改正する法律により、回復の要件が緩和されることとなりました。
2.経緯
改正法施行前の現行法(以下、単に「現行法」ともいいます。)下での権利回復制度では認容率が諸外国と比較して極めて低く(約10~20%)、その判断基準が厳しすぎるとの指摘がありました。また、権利喪失の回復のためには証拠書類の提出が必須であり、出願人等の負担が大きいことも課題とされていました。
この点に鑑み、今般、権利回復制度の見直しについて議論されていたところ、緩和に向けた改正案が2021年5月14日に可決・成立し、5月21日に公布されました(施行期日:公布日から2年以内の政令で定める日)。
詳しくは以下をご参照ください。
今後、運用のためのガイドラインの整備など、施行に向けた具体的な動きが加速することが見込まれます。
3.現行法(改正前)の権利回復制度
(1) 特許法条約との関係
権利回復制度は特許法条約に基づく制度です。特許法条約では、権利回復の判断基準として「相当な注意基準」と「故意基準」とのうちのいずれかを採用することが定められており、日本では、「相当な注意基準」が採用されています。
「故意基準」では、その遅滞が「故意」によるものでない場合に権利回復が認められます。一方、現行法で採用されている「相当な注意基準」は、「相当な注意」を払っていたにもかかわらず当該期間を遵守できなかった場合に権利回復が認められるというものであり、「故意基準」よりも権利回復の可否が厳格に判断されることとなっています。
(2) 正当な理由
現行法での権利回復制度では、期限徒過に「正当な理由」があり、さらに、「正当な理由」がなくなってから2か月以内、且つ、期限経過後1年以内(商標に関しては6月以内)である場合に、権利回復が認められます。しかし、「相当な注意基準」が採用されているため、「正当な理由」の有無は、期限徒過の原因となった事象と、出願人等が期間内に手続きをするために講じた措置とを考慮して厳格に判断されます。この場合、人的ミスや、管理システム・仕組みの瑕疵などを含む手続管理上のミスなどにより生じた期限徒過については、権利回復が認められる余地はほぼありませんでした。その結果、以下の表2に示すように、欧州、フランス、米国等に比べ、権利回復の認容率が大幅に低くなっていました。また、権利回復を申請する際の立証負担が過大となっていました。
表2
国・地域 | 回復期間 | 判断基準 | 立証負担 | 認容率 | 手数料 |
日本 | 1年 | 相当な注意基準 | 証拠書類の提出が必須 | 10-20% | 無料 |
欧州(EPO) | 1年 | 相当な注意基準 | 必要に応じて証拠書類の提出を要求 | 60-70% | 665ユーロ |
フランス | 1年 | 相当な注意基準 | 必要に応じて証拠書類の提出を要求 | 約80% | 156ユーロ |
米国 | 無期限 | 故意基準 | 原則として不要 (陳述書のみ) | 90-95% | 2100ドル (軽減あり) |
4.判断基準の転換
今回の改正法により、権利回復の判断基準が「相当な注意基準」から「故意基準」に転換し、緩和されることとなりました。今回の緩和により、人的ミスや手続管理上のミスによる期限徒過等が新たな救済の対象となり得ます。
5.まとめ
現行法での権利回復制度では「相当な注意基準」が採用され、しかも、「相当な注意」がされていたかの判断が厳格になされているため他国に比べ権利の回復が認められにくく、この点は日本での権利取得を困難にする原因の1つであると指摘されていました。
しかし、今般の改正法により権利回復制度の判断基準が「故意基準」へと転換し、救済の幅が大きく広がることとなりました。改正法の具体的な施行時期や今後整備されるガイドライン等の具体的な内容について引き続き注目していきます。
弁理士:熊崎 誠