2010年6月22日
[ 国内知財情報 ]
パラメータ特許のサポート要件に関する裁判例(第10回)
1.はじめに
「パラメータ特許のサポート要件に関連した裁判例」の第10回目として、『知財高裁平成21年(行ケ)第10296号 「審決取消請求事件」※1』を取り上げます。
※1 平成21年(行ケ)第10296号審決取消請求事件(特許)全文
2.本件特許の内容(特許請求の範囲の記載)
【請求項1】
刺身、切り身、柵状のように消費者にそのまま提供できる形態の魚肉をパックに収納するパック収納工程と、
前記魚肉を収納したパックの内部を魚肉の組織や細胞が変性しないように真空雰囲気にする真空処理工程と、
前記真空処理工程の終了直後にパック内に20~50容積%の炭酸ガスと50~80容積%の酸素ガスとの混合ガスを充填して魚肉に接触させるガスの充填工程と、
前記ガスと魚肉とが封入されたパックを前記ガスの充填工程の直後に密封するパック密封工程と、
前記パック密封工程後の魚肉入りパックを5℃~10℃で30分~3時間維持する低温処理工程と、
パック内に収納されている魚肉を急速冷凍して冷凍魚肉とする冷凍工程と、
からなることを特徴とする赤身魚類の処理方法。
3.本件特許の内容(明細書の記載)
【実施例1】
【0011】
以下に本発明の実施例を説明する。
・・・・・・・・・・・
【0017】
このガスの充填工程における炭酸ガスと酸素ガスとの混合ガスの比率は、炭酸ガスが20~50容積%、酸素ガスが50~80容積%であって、両ガスの混合比率は、まぐろやかつおをなどの赤身の魚肉の組織、細胞や色素を変性させたり変化させないで、そのままの状態を維持するための必要条件である。
・・・・・・・・・・・
【0020】
前記低温処理工程は、魚肉が凍結しない程度の温度で一定時間維持させるもので、例えば冷蔵庫のチルト室を利用することができる。前記低温処理工程は、1~15 ℃ 、望ましくは5~10 ℃で30分~3時間、望ましくは1~2時間維持させる。低温処理工程において、1 ℃ 以下にすると凍結することがあり、15℃以上では魚肉に自己消化作用が発生して軟化する可能性がある。また、30分以下では魚肉が十分に熟成しないし、3時間以上も低温維持すると魚肉が加温されて自己消化作用が発生することがある。
4.裁判所の判断(抜粋)
「3 本件特許に係るサポート要件の充足の有無について」
(1)・・・・・(略)・・・・・。
まず,本件特許発明が,発明の詳細な説明の記載内容にかかわらず,当業者が,出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものかどうかを検討するに,本件での全証拠を精査してもなお,本件特許発明につき,当業者が,その出願時の技術常識に照らし,赤身魚類の魚肉を上記一連の工程に付することにより,上記課題を解決できると認識できる範囲のものであると認めることはできない。
したがって,本件特許に係る特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するためには,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,同発明の詳細な説明の記載により当業者が上記課題を解決できると認識できる範囲のものであることが必要である。
(2) 本件特許に係る明細書(甲36)の発明の詳細な説明には,赤身魚類の魚肉を上記一連の工程に付することにより上記のような課題を解決し得ることを明らかにするに足る理論的な説明の記載はない。
また,発明の詳細な説明において実施例とされる記載のうち,実施例1では,ガスの充填工程で用いる炭酸ガスと酸素ガスの比率につき,それぞれ「20~50容積%」,「50~80容積%」という範囲で表記するのみで,具体的な容積%を特定して開示しておらず,低温処理工程での温度と時間も,「5~10℃」で「30分~3時間」という範囲で表記するのみで,具体的な温度と時間を特定して開示しておらず,いずれも特許請求の範囲の記載を引き写したにすぎないとも解されるものである(段落【0017】及び【0020】参照)。
・・・・・(略)・・・・・。
このように,本件においては,前記一連の工程に該当する具体的な実験条件及び前記課題を解決したことを示す実験結果を伴う実施例の記載に基づき,前記課題が解決できることが明らかにされていない。
以上からすれば,特許請求の範囲に記載された本件特許発明は,明細書の発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が前記課題を解決できると認識できる範囲のものではなく,明細書のサポート要件に適合するとはいえない。
(3)原告は,本件特許発明の赤身魚類は,生身のものであり,色々な種類や条件によって異なるため,工業製品と同様なサポート要件を充たすことができず,先願主義下での出願であることをも考慮すれば,本件特許発明は,明細書の発明の詳細な説明に発明の課題が解決できる程度の記載はされており,サポート要件を充たすと解すべき旨主張する。
しかし,本件特許発明の赤身魚類が生身のものであって,かつ,本件特許の出願が先願主義下の出願であることを前提としても,ガスの充填工程で用いる炭酸ガスと酸素ガスの比率や,低温処理工程での温度と時間は,実験を行うに際して必然的に特定の数値に設定するものであり,かつ,その数値を明細書に記載すること自体に技術的困難性は全くない。
そして,これらの実際の数値を開示した実施例の記載のない明細書は,技術文献としての客観性を欠き,これに接した当業者は,特許請求の範囲に記載された発明が前記課題を解決できるものとは認識できないというべきである。
5.考察
裁判所は、「理論的な説明の記載がない」、且つ、「具体的な温度と時間を特定して開示していない」として、明細書のサポート要件を充たしていないと判断しています。
このため、炭酸ガス「20~50容積%」、酸素ガス「50~80容積%」という範囲で課題が解決できるということが理論的に十分説明できれば、パラメータ特許において実験データは必要ないという解釈が可能であると考えます。しかし、理論的説明が困難な場合には、請求項に記載されている数値範囲で課題が解決できたことを示す実験データをできるだけ多く記載しておく必要があるでしょう。
弁理士 宮本昭一