1.はじめに
「パラメータ特許のサポート要件に関連した裁判例」の第5回目として、再度、『平成17年(行ケ)第10042号 「特許取消決定取消請求事件」※1』(第1回目を参照)を取り上げます。
※1
平成17年(行ケ)第10042号特許取消決定取消請求事件 全文
2.本件特許の内容(特許請求の範囲の記載)
【請求項1】ポリビニルアルコール系原反フィルムを一軸延伸して偏光フィルムを製造するに当たり,原反フィルムとして厚みが30~100μmであり,かつ,熱水中での完溶温度(X)と平衡膨潤度(Y)との関係が下式で示される範囲であるポリビニルアルコール系フィルムを用い,かつ染色処理工程で1.2~2倍に,さらにホウ素化合物処理工程で2~6倍にそれぞれ一軸延伸することを特徴とする偏光フィルムの製造法。
Y>-0.0667X+6.73 ・・・・(I)
X≧65・・・・(II)
3.事案の概要
特許請求の範囲では、(2.1)に示すように、完溶温度(X)と平衡膨潤度(Y)との関係を1次式で表すことにより、数値限定を行っています。
これに対し明細書では、(2.2)に示すように、1次式の範囲に含まれる実施例が2点(上図の赤い●)、1次式の範囲に含まれない比較例(上図の■)が2点記載されているのみです。
すなわち、具体例が4点しかなく、この4点に基づいて様々な線を描くことが可能ですので、サポート要件に適合していないと考えられます(第1回目を参照)。
出願人は、出願後に実験成績証明書を提出することによって、1次式の範囲に含まれる実施例(上図の●と○)と、1次式の範囲に含まれない比較例(上図の□)を追加しました。
4.裁判所の判断(抜粋)
本件発明のようないわゆるパラメータ発明において,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するために,発明の詳細な説明に,特許出願時の技術常識を参酌してみて,パラメータ(技術的な変数)を用いた一定の数式が示す範囲内であれば,所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に,具体例を開示して記載することを要すると解するのは,特許を受けようとする発明の技術的内容を一般に開示するとともに,特許権として成立した後にその効力の及ぶ範囲(特許発明の技術的範囲)を明らかにするという明細書の本来の役割に基づくものであり,それは,当然のことながら,その数式の示す範囲が単なる憶測ではなく,実験結果に裏付けられたものであることを明らかにしなければならないという趣旨を含むものである。そうであれば,発明の詳細な説明に,当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる程度に,具体例を開示せず,本件出願時の当業者の技術常識を参酌しても,特許請求の範囲に記載された発明の範囲まで,発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないのに,特許出願後に実験データを提出して発明の詳細な説明の記載内容を記載外で補足することによって,その内容を特許請求の範囲に記載された発明の範囲まで拡張ないし一般化し,明細書のサポート要件に適合させることは,発明の公開を前提に特許を付与するという特許制度の趣旨に反し許されないというべきである。
5.考察
パラメータ発明をサポートするための実験データが明細書中に不足していると出願後の審査などで指摘された場合に、サポート要件に適合させようとして実験データを追加することは認められないと考えられます。
このため、パラメータ発明においては、出願段階で、サポート要件に適合するかどうかを検討して、十分な実験データを明細書に記載しておく必要があります。
弁理士 宮本昭一