2022.05.24 国内知財情報
真正商品の並行輸入の抗弁を認めた裁判例
1.はじめに
真正商品の並行輸入の際の商標権侵害についての判例(東京地裁 平成30年(ワ)第35053号(第一審)、知財高裁 令和2年(ネ)第10062号(控訴審))を紹介します。
(1)並行輸入とは
並行輸入とは、外国で製造・販売された商品を、正規の代理店ルートによらずに日本に輸入・販売する行為を意味します。
(2)並行輸入の考え方
最高裁平成15年2月27日第一小法廷判決民集57巻2号125頁(フレッド・ペリィ事件)によりますと、真正商品の並行輸入においては、以下の第1~3要件を全て満たす場合には商標権侵害の違法性を欠くとされています。
第1要件:当該商標が外国における商標権者または当該商標権者から使用許諾を受けた者により適法に付されたものであること。
第2要件:当該外国における商標権者とわが国の商標権者とが同一人であるかまたは法律的もしくは経済的に同一人と同視し得るような関係があることにより、当該商標がわが国の登録商標と同一の出所を表示するものであること。
第3要件:わが国の商標権者が直接的にまたは間接的に当該商品の品質管理を行い得る立場にあることから、当該商品とわが国の商標権者が登録商標を付した商品とが当該登録商標の保証する品質において実質的に差異がないと評価されること。
今回ご紹介する判例では、フレッド・ペリィ事件における第1及び第3要件が争点となりました。
2.事件の概要
商標権者(ハリス社)等は、登録商標(登録第5696029号)である「2UNDR」と同一または類似の標章(以下、本件標章)が付された男性用下着(以下、本件商品)の輸入等が商標権を侵害すると主張して、被告会社(ブライト社)に対し、本件商品の譲渡等の停止と損害賠償を請求しました。これに対し、被告らは、被告の行為は真正商品の並行輸入の3要件をすべて満たしており、商標権侵害としての違法性を欠くと主張しました。
3.事実関係
商標権者であるハリス社はカナダの法人であり、カナダの法人であるランピョン社と、カナダにおける代理人契約を結んでいました。事件の経緯は以下の通りです。
• 平成27年1月頃
ランピョン社は、シンガポール法人であるMゴルフ社とシンガポールを販売地域とする代理店契約を結んだ。
• 平成27年2~6月頃
ランピョン社は、代理店契約に基づきMゴルフ社に本件商品を販売した。
• 平成28年5月頃
ランピョン社は、Mゴルフ社が代理店活動をしていないと判断し、代理店契約を解除した。
• 平成28年5月27~10月7日
ブライト社は、Mゴルフ社から本件商品を購入し、日本に輸入した。
• 平成28年8月頃~平成29年12月15日頃
ブライト社は、ランピョン社による正規販売時のパッケージに包装された本件商品を、日本国内にて販売した。
4.争点
原告であるハリス社等は、第一審において、以下を根拠として、ブライト社による本件商品の日本への輸入は真正商品の並行輸入に該当せず商標権の侵害である旨を主張しました。
(1)ブライト社が本件商品を購入したのは、ランピョン社とMゴルフ社との間の代理店契約解除後である。(2)代理店契約には、販売地域をシンガポールとする販売地制限条項がある。(3)ブライト社の広告に「訳あり/パッケージ汚れ」の表示があり、本件商品の包装が汚れていてシールをはがした跡があるほか、著しく安価である。(4)代理店契約の解除により、本件商品を購入した消費者は、本件商品に欠陥等があってもハリス社から保証を受けられない。
また、ハリス社は、控訴審において、真正商品の並行輸入の第1、第3要件について、以下の主張をしました。
(5)真正商品の並行輸入の第1要件は、商標を付したことの適法性のみでなく、商標を付した商品が商標権者の意思により「流通に置かれる」ことをも要求している。なぜならば、フレッド・ペリィ事件の判決が「流通に置いた」ことを要件としなかったのは、同判決の事案においては、並行輸入業者が輸入した商品が、商標権者と商標実施権者との間の契約の製造地制限条項に違反して製造されたものであり、製造した時点で当該商品に付された標章が「適法に付された」ものとは評価できなかったため、それ以上に「流通に置いた」という要件を課する必要がなかったからにすぎず、本事件とは事情が異なる。真正商品の並行輸入の各要件は、出所表示機能、品質保証機能を害するか否かの見地から解釈されなければならず、第1要件が「流通に置いたこと」という文言を用いていないからといって、これを不要であると解釈すべきではない。(6)第3要件について、最終消費者への販売まで品質をコントロールするための販売地域制限条項への違反や、広告における「訳あり/パッケージ汚れ」との記載は、品質保証機能を害する。
5.裁判所の判断
第一審及び控訴審において、ブライト社の行為は、真正商品の並行輸入における第1~3要件を全て満たし、商標権侵害に該当しないと判示されました。
第一審では、東京地裁は、本件商品に付された標章は、原告であるハリス社又はハリス社から使用許諾を受けたランピョン社によって適法に付されていると共に、カナダ等の海外における商標権者と日本における商標権者とはいずれも原告ハリス社であり、本件標章は同一の出所を表示するものであるとし、第1及び第2要件を具備すると判示しました。
また、東京地裁は、本件商品は、代理店契約に基づきランピョン社によってMゴルフ社に販売されており、ハリス社は直接的に又はランピョン社を通じて本件商品の品質管理を行い得る立場にあり、ブライト社が販売した本件商品には登録商標の保証する品質において実質的に差異がないとし、第3要件を具備すると判示しました。
一方、ブライト社が、Mゴルフ社の代理店契約の解除後に本件商品をMゴルフ社から購入した点につきましては、ランピョン社の管理内容等に照らせば、原告商標の品質保証機能は害されないと判示されました。
また、Mゴルフ社の販売地域がシンガポールに限定されていた点については、以下の理由により、原告商標の品質保証機能が害されないと判示されました。
• 日本で販売される本件商品が、他国で販売される本件商品と比べて格別の品質等を有していたとは認められない。• Mゴルフ社の販売地域の制限が、本件商品の品質の維持や管理等と関係するとも認められない。• 本件商品は男性用下着あり、運送中に品質が直ちに劣化するものではない。
また、控訴審では、知財高裁は、「第1要件は、商標を付したことについての適法性のみでなく、商標を付した商品が商標権者の意思により「流通に置かれる」ことをも要求している」とのハリス社の主張に対し、「Mゴルフ社は、ランピョン社から正規に本件商品を購入したのであるから、この時点において、本件商品が「適法に流通に置かれた」ことは明らかである」と判示しました。
さらに、知財高裁は、以下の理由により第3要件も満たす旨判示しました。
• 本件のように、商標権者自身が商品を製造している場合には、商品の品質は、商標権者自身が商品を製造したという事実によって保証されており、後は、その品質が維持されていれば品質保持機能に欠けるところはない。• 本件商品は男性用下着であって、常識的な期間内で流通している限り、その過程で経年劣化等をきたす恐れはないし、商標権者自身が品質管理のために施した工夫(商品のパッケージ等)がそのまま維持されていれば、商品そのものに対する汚損等が生じるおそれもない。• 本件のように商標権者自身が商品を製造している事案であって、その商品自体の性質からして、経年劣化のおそれ等、品質管理に特段の配慮をしなければ商標の品質保証機能に疑念が生じるおそれもないような場合には、商標権者自身が品質管理のために施した工夫(商品のパッケージ等)がそのまま維持されていれば、商標権者による直接的又は間接的な品質管理が及んでいると解するのが相当である。
6.考察
Mゴルフ社は、ランピョン社との間の代理店契約に違反してブライト社に本件商品を販売していましたが、その行為により原告商標の出所表示機能や品質保持機能が害されることが無かったため、ブライト社の行為は真正商品の並行輸入の第1~第3要件を満たすと判示されました。本件商品は男性用下着であり、流通過程での経年劣化や複雑なメンテナンスを必要とせず、品質管理が容易と考えられます。しかし、仮に本件商品が品質管理の困難な商品であった場合、どのような結論が導き出されるか大変興味深いと思います。
弁理士:熊崎誠