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2023.05.25 国内知財情報

公然実施の成立要件について判断された裁判例の紹介 -分析しないと判別し得ない特殊パラメータで規定された発明の公然実施性-

公然実施の成立要件について判断された裁判例の紹介 -分析しないと判別し得ない特殊パラメータで規定された発明の公然実施性-

1.はじめに

特許法第29条第1項第2号にいう『公然実施』の成立要件が論点の1つとなった平成31年(ワ)第7038号:特許権侵害行為差止等請求事件(第1事件)、同第9618号:損害賠償請求事件(第2事件)について紹介します。第1事件及び第2事件は併合審理されており、以下、まとめて、本事件と言います。本事件では、製品の外観からでは把握できず分析しないと判別し得ない特殊パラメータで規定された発明の公然実施性について、その考え方が改めて示されました。
 
 
 

2.概要

本事件は、特許第5697067号(以下、「本件特許1」と言います。)及び特許第5688669号((以下、「本件特許2」と言います。)の特許権者である原告が、被告製品が本件特許1及び本件特許2の各発明の技術的範囲に属するとして、被告らに対し、差止め及び損害賠償を求めた事件です。
これに対し、本件特許1及び本件特2は公然実施に基づく新規性欠如により無効とされるべきものであるとして、原告の請求はいずれも棄却されました。
 
 
 

3.本件特許の構成

本件特許1,2の各請求項1にかかる発明は、次のとおりです。
 

■ 本件特許1

【請求項1】
菱面晶系黒鉛層(3R)と六方晶系黒鉛層(2H)とを有し,前記菱面晶系黒鉛層(3R)と前記六方晶系黒鉛層(2H)とのX線回折法による次の(式1)により定義される割合Rate(3R)が31%以上であることを特徴とするグラフェン前駆体として用いられる黒鉛系炭素素材。
Rate(3R)=P3/(P3+P4)×100・・・・(式1)
ここで,
P3は菱面晶系黒鉛層(3R)のX線回折法による(101)面のピーク強度
P4は六方晶系黒鉛層(2H)のX線回折法による(101)面のピーク強度
である。
 
 
 

■ 本件特許2

【請求項1】
菱面晶系黒鉛層(3R)と六方晶系黒鉛層(2H)とを有し,前記菱面晶系黒鉛層(3R)と前記六方晶系黒鉛層(2H)とのX線回折法による次の(式1)により定義される割合Rate(3R)が40%以上であることを特徴とするグラフェン前駆体として用いられる黒鉛系炭素素材。
Rate(3R)=P3/(P3+P4)×100・・・・(式1)
ここで、
P3は菱面晶系黒鉛層(3R)のX線回折法による(101)面のピーク強度
P4は六方晶系黒鉛層(2H)のX線回折法による(101)面のピーク強度
である。
 
 
 

4.争点

本事件においては多くの争点がありましたが、今回は、
争点2:無効の抗弁の成否
争点2-6:公然実施に基づく新規性欠如
の2つに焦点をあてて紹介します。
 
 

<被告の主張>

被告は、本件特許1,2の出願前から、本件特許1,2の各発明の技術的範囲に属する製品を製造販売していた旨を主張しました。以下、判決文から一部抜粋して記載します。
 
被告らは、本件特許出願前の平成24年2月2日に製造された被告製品A9のサンプル及び平成25年9月30日に製造された被告製品A10のサンプルについて、SmartLabで測定を行い、この測定結果をPDXLを用いて解析してRate(3R)を算出した、(以下、算出結果を「サンプル結果①」と言う。)。
これによれば、被告は、本件特許出願の前後を通じて、被告製品Aの各名称と同一の名称を用い、固定炭素分、灰分、揮発分、水分及び粒径の各数値は同等で、同一の製造工程により、同一の規格を満たす製品の製造及び販売を続けてきたものであり、サンプル結果①によれば、本件特許出願前の被告製品A9及び10の各サンプルのRate(3R)は31%以上又は40%以上であったことからすると、仮に、現時点において、被告製品Aが本件各発明の技術的範囲に属するのであれば、被告は、本件特許出願前から、本件各発明の技術的範囲に属する被告製品Aを製造販売していたといえる。
 
 
 

<原告の主張について>

被告らの主張に対して、原告は、「販売された製品を測定及び解析しなければ発明の内容を知り得ないから公然実施が成立していない」と反論しました。以下、判決文から一部抜粋して記載します。
 
**以下、一部抜粋**
被告らの取引の相手方は、たとえ被告らから黒鉛製品を入手したとしても、X線回折法による測定及び解析を行わなければ、Rate(3R)を内容とする本件各発明の内容を知り得ないから、公然実施が成立するためには、X線回折法による測定及び解析ができる者でなければならない。
しかし、企業が費用や労力、時間をかけてまで外部の専門機関に測定及び解析を依頼するには、相応の必要性の説明の下、社内の相応の決裁を受ける必要があり、そのような手続を経ることなく依頼することはないから、専門機関にX線回折法による測定及び解析を依頼する具体的可能性はなかったというべきである。
したがって、第三者が被告らから本件各発明を実施した製品を取得したとしても、当該第三者は、本件各発明の構成ないし組成を知り得なかったから、本件各発明が公然と実施されたとはいえない。
**抜粋、以上**
 
 
 

5.裁判所の判断

上記の争点に対して、裁判所は、下記のように判断しました。以下、判決文から一部抜粋して記載します。
 
**以下、一部抜粋**
法29条1項2号にいう『公然実施』とは、発明の内容を不特定多数の者が知り得る状況でその発明が実施されることをいい、本件各発明のような物の発明の場合には、商品が不特定多数の者に販売され、かつ、当業者がその商品を外部から観察しただけで発明の内容を知り得る場合はもちろん、外部からそれを知ることができなくても、当業者がその商品を通常の方法で分解、分析することによって知ることができる場合も公然実施となると解するのが相当である。
(中略)
本件特許出願当時、当業者は、物質の結晶構造を解明するためにX線回折法による測定をし、これにより得られた回折プロファイルを解析することによって、ピークの面積(積分強度)を算出することは可能であったから、上記製品を購入した当業者は、これを分析及び解析することにより、本件各発明の内容を知ることができたと認めるのが相当である。したがって、本件各発明は、その特許出願前に日本国内において公然実施をされたものであるから、本件各特許は、法104条の3、29条1項2号により、いずれも無効というべきである。
**抜粋、以上**
 
 
 

6.考察

本事件では、特許出願前に既に販売等されている製品が特許発明の技術範囲に属するか否かにおいて、分析機器等によって分析しなければ判定できない場合であっても、分析した結果、製品が特許発明の技術的範囲に属すると判定できる場合、当該特許発明は公然実施された発明に該当することが示されました。
ここで、本事件では、被告らが、特許発明を実施していたことの証拠になりうる資料を適切に保管していたために、特許発明が公然実施された発明であることを立証することができました。
本事件を教訓として、実務上、以下のような点を考慮すべきと考えます。
 
 

≪特許権者(原告)側≫

権利行使を行う特許発明の発明特定事項に数値限定を含む場合には、特許出願前の他社製品が偶発的に特許発明の技術範囲に含まれる場合があり、そのような場合に特許が無効にされるリスクが高まり得ることに留意すべきと考えます。
 
 

≪特許製品販売者(被告)側≫

製品サンプル、設計図面、仕様書等、裁判時に証拠になりうる資料を、定期的に日付が確認できる方法で保存し、権利侵害の訴えに対抗できるように準備しておくことが好ましいと考えます。
なお、製品サンプルについて、成分のばらつき等があり、かつそのばらつき等が大きい場合には、証拠資料として採用され得ない場合があり得ることにも留意すべきです。
 
 
弁理士:岩田誠
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