2023.04.19 国内知財情報
損害賠償額の増額可能性を示した裁判例の紹介
1.はじめに
特許権侵害による損害額は、その性質上、立証が困難である場合が多いです。このため、特許法102条には、権利者の立証負担の軽減を目的として、特許権侵害による損害額の推定規定が設けられています。
本稿では、特許権侵害による損害額の算出にあたり、特許法102条2項による推定の覆滅部分について、同条3項による推定の適用が認められた大合議判決を紹介します。このような特許法102条2項・3項の重畳適用可否は、条文に明記されておらず、これまで解釈が分かれていました。本判決では当該重畳適用可否の判断基準が示されており、今後の参考になると考えます。
2.損害額の推定規定(特許法102条)
下図1に示すように、特許法102条1項1号には、「(権利者製品の単位数量当たりの利益額)×(侵害者による侵害品の譲渡数量)」を損害額とすることができることが規定されています。ただし、侵害者による侵害品の譲渡数量からは、権利者の実施相応数量を超える数量、及び、権利者が販売することができない事情がある場合には当該事情に相当する数量が控除されます。この控除された数量については、特許法102条1項2号において、権利者が実施許諾をし得たと認められない場合を除き、実施料相当額を請求可能であることが規定されています。この特許法102条1項2号は、2019年の法改正で追加された規定です。権利者は、特許法102条1項1号及び2号の合計額を侵害者に請求することができます。
下図2に示すように、特許法102条2項には、「侵害者の利益額」を損害額と推定することが規定されています。この推定は、損害と侵害行為との因果関係を否定する事情(覆滅事由)がある場合、一部又は全部が覆滅すると解されています。しかし、特許法102条2項による推定覆滅部分について実施料相当額を請求可能であるかどうか、つまり同条3項を重畳適用可能であるかどうかは、同条1項2号と異なり明文化されていません。
3.裁判例紹介:知的財産高等裁判所大合議判決 令和2年(ネ)第10024号 「椅子式マッサージ機」事件 (令和4年10月20日判決)
(1)概要
本事件は、発明の名称を「椅子式マッサージ機」等とする2つの特許(特許第4504690号、特許4866978号)の特許権者である控訴人が、被控訴人による製品の製造販売等が上記特許権の侵害にあたる旨主張して、被控訴人に対し、製品の製造販売等の差止及び廃棄を求めると共に、損害賠償を請求した事件です。本事件では、被控訴人が賠償すべき控訴人の損害額が争点の1つになりました。
(2)上記争点に係る当事者の主張
[控訴人の主張]
控訴人は、特許法102条2項に基づく損害額の請求を求めました。
被控訴人による推定覆滅事由の主張に対しては、控訴人は、いずれも理由がないと反論しました。また、控訴人は、仮に控訴人主張の覆滅事由による推定の覆滅が認められたとしても、当該覆滅部分に係る損害について、特許法102条3項に基づく実施料相当額の損害賠償を請求することができると解すべきであると主張しました。
[被控訴人の主張]
被控訴人は、特許法102条2項による推定は以下の5つの事由により覆滅されると主張しました。
① 本件特許発明が被告製品の部分のみに実施されていること
② 市場における競合品の存在
③ 市場の非同一性
④ 被控訴人の営業努力(ブランド力、宣伝広告)
⑤ 被告製品の性能(機能、デザイン等、本件特許発明以外の特徴)
上記①の具体的な主張は、次のとおりです。被控訴人は、本件特許発明は椅子式マッサージ機のうち「前腕部施療機構」に関する発明であり、被告製品のマッサージ機のうちの部分のみに実施されているに過ぎないから、特許法102条2項による推定は覆滅されると主張しました。
上記③の具体的な主張は、次のとおりです。被控訴人は、被告製品と控訴人製品との仕向国(輸出先)は一部しか共通しておらず、仕向国が異なることは市場が同一でないこと、つまり市場で競合しないことを意味するから、特許法102条2項による推定は覆滅されると主張しました。
(3)裁判所の判断
裁判所は、以下のとおり、被控訴人の主張する推定覆滅事由のうち上記①及び③は推定覆滅事由に該当すると判示しました。
• 上記①について「本件各発明Cは、椅子式マッサージ機の構造のうち、「肘掛部の前腕部施療機構」に関する発明であり、被告製品1においては、「腕ユニット」(肘掛部)及びアームレスト(手掛け部)に係る部分のみに実施されていることが認められる。・・・(中略)・・・本件各発明Cの技術的意義は高いとはいえず、被告製品1の購買動機の形成に対する本件各発明Cの寄与は限定的であるというべきであるから、被控訴人が被告製品1の輸出により得た限界利益額(前記イ)には、本件各発明Cが寄与していない部分を含むものと認められる。したがって、本件各発明Cが被告製品1の部分のみに実施されていることは、本件推定の覆滅事由に該当するものと認められる。」• 上記③について「控訴人製品1が輸出されていない上記仕向国のそれぞれの市場においては、控訴人製品1は、被告製品1の輸出がなければ輸出することができたという競合関係があるということはできず、被告製品1が輸出されることによって控訴人製品1の売上げが減少するという関係になかったというべきであるから、被告製品1と控訴人製品1は、仕向国が異なる限度で、市場が同一でなかったものと認められる。以上によれば、平成26年5月から令和3年3月までの間に輸出された被告製品1のうち、控訴人製品1が輸出されていない仕向国への輸出分(合計●●●●台)があることは、本件推定の覆滅事由に該当するものと認められる。」
そして、裁判所は、以下のとおり、特許権者は自ら特許発明を実施して利益を得ることができると同時に、第三者に対して特許発明の実施を許諾して利益を得ることができることに鑑みると、特許法102条2条の推定が覆滅される場合であっても、当該推定覆滅部分について、特許権者が実施許諾をすることができたものと認められるときは、同条3項の適用を認めるのが相当であると判示しました。裁判所は、本件の場合、上記③の市場の非同一性による推定覆滅部分については、実施許諾をすることができたと判示し、特許法102条3項の適用(実施料相当額の請求)を認めました。
「特許権者は、自ら特許発明を実施して利益を得ることができると同時に、第三者に対し、特許発明の実施を許諾して利益を得ることができることに鑑みると、侵害者の侵害行為により特許権者が受けた損害は、特許権者が侵害者の侵害行為がなければ自ら販売等をすることができた実施品又は競合品の売上げの減少による逸失利益と実施許諾の機会の喪失による得べかりし利益とを観念し得るものと解される。そうすると、特許法102条2項による推定が覆滅される場合であっても、当該推定覆滅部分について、特許権者が実施許諾をすることができたと認められるときは、同条3項の適用が認められると解すべきである。そして、特許法102条2項による推定の覆滅事由には、同条1項と同様に、侵害品の販売等の数量について特許権者の販売等の実施の能力を超えることを理由とする覆滅事由と、それ以外の理由によって特許権者が販売等をすることができないとする事情があることを理由とする覆滅事由があり得るものと解されるところ、上記の実施の能力を超えることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、特許権者は、特段の事情のない限り、実施許諾をすることができたと認められるのに対し、上記の販売等をすることができないとする事情があることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、当該事情の事実関係の下において、特許権者が実施許諾をすることができたかどうかを個別的に判断すべきものと解される。しかるところ、市場の非同一性を理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、・・・(中略)・・・控訴人は、当該推定覆滅部分に係る輸出台数について、自ら輸出をすることができない事情があるといえるものの、実施許諾をすることができたものと認められる。一方で、本件各発明Cが侵害品の部分のみに実施されていることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、・・・(中略)・・・本件各発明Cが寄与していない部分について、控訴人が実施許諾をすることができたものと認められない。そうすると、本件においては、市場の非同一性を理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分についてのみ、特許法102条3項の適用を認めるのが相当である。」
4.まとめ
上記判決は、特許法102条2項による推定の覆滅部分に対して同条3項が適用され、損害額がより高く推定される場合があることが明確に示された点で、意義があると考えます。特に、特許法102条3項の重畳適用可否の判断にあたり、権利者が実施許諾を行うことができたかどうかという判断基準が示された点、及び、仕向地の相違による市場の非同一性が実施許諾を行うことができた具体例に該当することが示された点は、今後の参考になると考えます。上記判決が知財高裁の特別部(大合議部)により成されたことを踏まえると、上記判決で示された判断手法が今後踏襲される可能性は比較的高いと思われます。もしかすると、2019年の法改正において特許法102条1項に同条3項の重畳適用可の旨を明文化した2号が追加されたように、将来的には、同条2項にも同様の規定が追加されるかもしれません。引き続き注視していきたいと思います。
弁理士:岩附紘子