2021.11.26 国内知財情報
機能的クレームについての技術的範囲の解釈
1.はじめに
2.第1の裁判例
特許権侵害差止等請求事件:知財高裁 平成31年(ネ)第10014号 令和元年10月30日判決 「プロタンパク質コンベルターゼスブチリシンケクシン9型(PCSK9)に対する抗原結合タンパク質」(以下、「抗原結合タンパク質事件」という。)
(1)事件の概要
(2)本件発明Aの内容
(3)被控訴人の主張の要点
(4)控訴人の主張の要点
特許請求の範囲が作用的又は機能的な表現で記載されている場合(いわゆる機能的クレーム)、当該機能ないし作用効果を果たし得る構成全てを技術的範囲に含まれると解すると、明細書に開示された技術思想と異なるものも発明の技術的範囲に含まれ得ることとなり、出願人が発明した範囲を超えて特許権による保護を与える結果となるから、機能的クレームについては、クレームの記載に加え、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌し、出願人が明細書で開示した具体的な構成に示された技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきであり、明細書の記載から当業者が実施し得る範囲に限定解釈すべきである。
(5)当裁判所の判断の要点
本件発明Aの技術的範囲は、特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならず、明細書の記載及び図面を考慮して、そこに開示された技術的思想に基づいて解釈すべきであって、控訴人の主張は、サポート要件及び実施可能要件の問題として検討されるべきものである。本件明細書に開示された技術的思想は、参照抗体と競合する単離されたモノクローナル抗体が、PCSK9がLDLRに結合するのを妨げる位置及び/又は様式で、PCSK9に結合し、PCSK9とLDLR間の結合を遮断し(中和)、対象中のLDLの量を低下させ、対象中の血清コレステロールの低下をもたらす効果を奏するというものである。そして、被告モノクローナル抗体及び被告製品は、上記技術的思想に基づいて解釈された本件発明Aの技術的範囲に属する。
本件発明Aの単離されたモノクローナル抗体は、PCSK9とLDLR間の結合を遮断して「中和」すること、PCSK9との結合に関して参照抗体と「競合」することの双方を構成要件としている。明細書には、本件発明Aが、参照抗体と競合する機能のみによって発明を特定するものであることをうかがわせる記載があるとはいえず、そのことを前提に実施例に限定されるとする控訴人の主張は採用できない。
本件発明Aは、アミノ酸配列によって特定されるものではないから、本件明細書記載の具体的な抗体又は当該抗体に対して特定の位置のアミノ酸の1若しくは数個のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列を有する抗体に限られると解すべき理由はない。
本件明細書には、免疫プログラムの手順及びスケジュールに従った免疫化マウスの作製、免疫化マウスを使用したハイブリドーマの作製、参照抗体と競合するPCSK9―LDLRとの結合を強く遮断する抗体を同定するためのスクリーニング及びエピトープビニングアッセイの方法が記載され、これらの記載に基づき、一連の手順を繰り返し行うことによって、本件明細書に具体的に記載された参照抗体と競合する中和抗体以外にも、参照抗体と競合する中和抗体を得ることができることを認識できるものと認められる。
本件明細書には、上記の技術的思想が開示され、記載された一連の手順を繰り返し行うことによって、本件明細書に具体的に記載された参照抗体と競合する中和抗体以外にも、参照抗体と競合する中和抗体を得ることができることの開示があるから、参照抗体と競合する中和抗体は、本件明細書の実施例に記載された3グループないし2グループの抗体のみに限られるものではない。
本件発明Aは、抗体が認識するPCSK9上の結合部位によって特定されるものではないから、本件明細書に開示された実施例と被告モノクローナル抗体が認識するPCSK上の結合部位が異なるとしても、本件発明Aの技術的範囲に属しないとはいえない。
3.第2の裁判例
(1)事件の概要
本判決に記載された特許権の請求項1に係る発明(以下、「本件発明B」といいます。)の特許請求の範囲の解釈について説明します。
(2)本件発明Bの内容
(3)裁判所の判断の要点
本件明細書の「特許請求の範囲」の記載によれば、本件発明Bの「アイスクリーム」は、「外側の苺が解凍された時点で、柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していることを特徴とする」ものとされている。
しかし、この「外側の苺が解凍された時点で、柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していることを特徴とする」との記載は、本件発明Bの目的そのものであり、かつ、「柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性」という文言は、本件発明Bにおけるアイスクリーム充填苺の機能ないし作用効果を表現しているだけであって、本件発明Bの目的ないし効果を達成するために必要な具体的な構成を明らかにするものではない。
このように、特許請求の範囲に記載された発明の構成が作用的、機能的な表現で記載されている場合において、当該機能ないし作用効果を果たし得る構成であれば、すべてその技術的範囲に含まれると解すると、明細書に開示されていない技術思想に属する構成までもが発明の技術的範囲に含まれ得ることとなり、出願人が発明した範囲を超えて特許権による保護を与える結果となりかねない。しかし、このような結果が生ずることは、特許権に基づく発明者の独占権は当該発明を公衆に対して開示することの代償として与えられるという特許法の理念に反することになる。
したがって、特許請求の範囲が、上記のような作用的、機能的な表現で記載されている場合には、その記載のみによって発明の技術的範囲を明らかにすることはできず、当該記載に加えて明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌し、そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきものと解するのが相当である。
本件発明Bの目的は、アイスクリーム充填苺について糖度の低い苺が解凍された時にも、苺の中に充填された糖度の高いアイスクリームが柔軟性と形態保持性を有することにあるところ、本件明細書においては、これを実施するために、通常のアイスクリームの成分以外に「寒天及びムース用安定剤」を添加することを明示し、それ以外の成分について何ら言及していない。さらに、寒天をアイスクリームに添加する点について、形態保持性を与えるだけの量の寒天を添加しただけではアイスクリームの食感が失われてしまうこと、アイスクリーム中の寒天の割合が0.1重量%未満であると、苺の解凍時にアイスクリームが流れ出るので好ましくなく、0.4重量%を超えるとアイスクリームの食感がプリプリとした弾力性が増し好ましくないことを指摘し、ムース用安定剤を添加する点についても、ムース用安定剤が2.0重量%未満であると、寒天のプリプリ感を減殺する効果がなく、3.0重量%を超えるとアイスクリームが固くなり、クリーミー感がなくなることを指摘するなど、その用法について詳細な説明を施している。
加えて、「芯のくり抜かれた新鮮な苺の中にアイスクリームが充填され、全体が冷凍されているアイスクリーム充填苺」自体は、本件発明Bの特許出願前に公知であったことに照らせば、本件発明Bに進歩性を認めるとすれば、充填されているアイスクリームが「外側の苺が解凍された時点で、柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していること」を実現するに足りる技術事項を開示した点にあるというべきである。
上記によれば、本件発明Bにおける「外側の苺が解凍された時点で、柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していることを特徴とする」アイスクリームに該当するためには、通常のアイスクリームの成分のほか、少なくとも「寒天及びムース用安定剤」を含有することが必要であると解するのが相当である。
これに対して、被告製品は、その成分に「寒天及びムース用安定剤」が含まれていないことは明らかである。
したがって、被告製品は、本件発明Bのアイスクリーム充填苺における「アイスクリームは、外側の苺が解凍された時点で柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していること」を充足しないから、本件発明Bの技術的範囲に含まれない。
4.コメント
両事件は、上記の特許法の規定に従って特許請求の範囲を解釈したものと考えられますが、解釈された技術的範囲は異なっています。
アイスクリーム充填苺事件では、本件発明Bの技術的範囲は、詳細な説明の記載を参酌し、そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて確定されました。本件発明Bについて、特許請求の範囲に「苺に充填されたアイスクリーム」が記載されているところ、明細書には、通常のアイスクリームの成分に「寒天及びムース用安定剤」以外を添加することが記載されていません。
これに対して、抗原結合タンパク質事件では、本件発明Aの技術的範囲は、特許請求の範囲に記載されたすべての事項であると判断されました。本件発明Aについては、特許請求の範囲に「PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ、PCSK9との結合に関して所定の抗体と競合する、単離されたモノクローナル抗体」が特定されているところ、明細書には、具体的な抗体とともに、詳細な抗体の作製及び同定の方法が記載されています。明細書のこれらの記載に基づき、一連の操作を繰り返すことにより、具体的に同定した参照抗体以外にも参照抗体と競合する中和抗体を得ることができることが認識できると認められています。つまり、抗原結合タンパク質事件で、アイスクリーム充填苺事件と異なる点は、明細書に記載の操作を行うことで、本件発明Aの具体的に特定された実施例の抗体以外の抗体を実施できると認識できると判断された点です。
弁理士:橋本由佳里